昭和44年12月11日 夜の御理解



 お互い全てのことにですけれども、特に信心の事、分かりきっておる事、また、分かっておるようで分っていないことの多いのに驚きます。それが自分の事になると尚更の事。 本当に、恥ずかしい位に自分の事になったら分っていないですよね。先ほどもあの、豊美の今度の結婚式の仲人がご承知のように山口の長田先生ご夫妻でしたから、あんまり、あちらが気安くして頂くのですから。
 こっちまで気安くなってしもうてですね、もうどうせお歳暮にやらなならんから、お礼も引き伸ばし引き伸ばしして御座いました。お歳暮に少し念を入れさせて頂いて、もうお歳暮だけで良うはないだろうかと、まあ思うてからそれにしてもどうせ、教務所にも年末のお礼に出らなきゃなりませんし、若先生が代参してくれる訳ですが、小倉の教会それから山口に一緒に回って頂こうというてさっき秋永先生とまあ話して。相談したんですよ。そしたら秋永先生が、こういう事を言われる。
 「そうですなあ、どんなにしたらよいでしょうか。けれども、本当に有り難いとやっぱりこっちが思うておるならやっぱり、したがほんなことでしょう」とこういう。本当に有り難いと思うておるのです。ですから有り難いと思うておるならしたが当り前。やはりお礼はお礼。お歳暮はお歳暮だというように私の腹は決まったのですけれどもね。私のここへんのところが分っておってあの、実際は分っていないと同じ事になっておるような事になっていないだろうかとこう思いますよね。
 有り難いと思うておらんなら、有り難いと思うておらんなら、それはなさんが本当だろうというてからそれはそうだなあ、ほんにそうじゃったというて私改めて分かったような気が致しましたけれども、成る程、お礼はお礼、お歳暮はお歳暮で、出来るなら、御大祭前に行って頂こうといったような話をしたことでございます。本当に自分のことに分っておるようで分っていない事が沢山ありますよね。
   どうぞ